とゆうワケで、「天下布武」、シナリオ3「1582年 本能寺炎上」上杉景勝プレイ、1602年に天下統一達成。
景勝本隊は、柴田家の旧領を吸収して、若狭・越前国境辺りで対峙してたハズの羽柴本隊に、じりじりと詰め寄られ加賀・能登国境付近まで後退。
しかし、この間に無駄な戦闘は一切回避して、石高の差以上に開きがあった兵力差の均衡に努める
(
※1)。
東北攻めに当たる、直江山城守らは、まず、山城殿の高い政治力と魅力をフルに発揮して、
伊達家臣団から、羽柴家への投降以来、忠誠度が下がり放題な伊達成実、後藤信康らを味方に引きいれる。
山城あっての上杉家じゃのぉ。
そして、その余勢を駆って、一気に伊達輝宗を討つ。敗戦後には、その嫡子、政宗をはじめ、片倉景綱らが投降。
あとは、東北への抑えとして少数の部隊を残して、直江・伊達隊も北陸に集結。
そして、ほぼ時を同じくして、東海地方の300万石を領有する徳川遺臣団が我が軍に投降
(ただし、合戦をせずに降った場合、ある程度、旧領が安堵されるので、実質100万石くらいの増)。
とゆうトコロで、総兵力10万対5万くらいで、決戦に。
と言っても、このゲーム、大将の部隊が壊滅すれば全軍潰走するクセして、やたら大将が攻撃的、
とゆう思考ルーチンを持っているため、ひたすら秀吉本陣に集中攻撃で、2倍くらいの戦力差なら、
全然、ヨユーで追い返せるのですよ(
※2)。
そうこうしてるウチに毎回、命からがら逃げるハメになる秀吉は討ち死に、後を継いだ秀長も同じ運命を辿り、
さらに秀勝が病死して、
第4代君主は小早川秀秋に(をいをい)。
そして、残る大大名、毛利家は島津家を下して中国・九州を統一して以降も、羽柴家との同盟を守ってきたのが、このタイミングで
小早川秀秋に宣戦布告(ヘンな構図だなー・・・)。
まー、その後は、小早川・毛利家の方でも互いに削りあいながら四国から、九州へと落ち延びていくのを、
ただ追討するだけです。
この間、
特記すべきことは・・・そーですね、史実では独立君主 > 武田家臣 > 織田家臣と渡り歩いて本能寺を迎えた
、木曽義昌が今回のプレイでは、早々と我が軍に恭順してたワケですが
(本能寺後は独立 > 徳川 > 羽柴で、羽柴と徳川の和睦により、徳川配下で江戸時代まで)、
その後も、ヤツの忠誠心の低下に悩まされ続けたものの、北陸西征の最後らへん、秀吉が死ぬ前後で、
ついに羽柴家に寝返りやがりました。私の中では既に、大勢は決してたので、特に気にもしてなかったんですが、
その後、再び我が軍に寝返る(笑)。
で、その後、毛利との戦闘が始まったタイミングで、今度は毛利に(笑)。
最後は面倒なんで、一族、皆殺しですよ。ぷんぷん。
で、1602年、九州中部に逃げ延びた、羽柴・毛利残党がそれぞれの城を攻城中に、
南北から挟撃。
上杉軍総勢12万、羽柴・毛利残党は両軍合わせて2万弱(しかも、そのうち1万は、
ウチの軍から脱走した羽柴恩顧の武将)。
下の方にもちょろっと書いてますが、このゲーム、合戦が終了すると、退却か籠城かを選ぶのですが、
攻城戦中の部隊は籠城できないので、当然、退却するしかない。
が、今回は、両軍が互いの城を攻めてる最中に(互いに退路を確保しようとしてる最中に)南北から挟撃したので、
退却も籠城もできないワケです。
で、なぜか、このゲームでは、この条件下にはいると、土民たちによる落武者狩りに遭って全武将が惨殺(笑)。
いや、まー、攻める前に一応、私は両方とも降伏勧告を出したからねぇ・・・。
ま、もうちょっと降伏勧告に応じやすい/小早川秀秋みたいに戦闘中の寝返りもアリ、な設定にしてくれても
良かったかなー、とゆう気はしますが。
※1
このゲームでは、合戦時の出撃順序が各大名ごとのターン制・ランダム制で、
2つの城の間で両軍が対峙するとき、どちらの城下で戦闘となるかは、
どちらの大名が攻撃権を先に得るかで決まる。
そして、敵の襲撃を受けた城からは、そのターン(他の城にも一切)出撃できない。
ので、勝ち目のない相手であっても、とりあえず、敵領内に攻め込んで、開戦と同時に兵を引き上げると、
とりあえず、相手を足止めできる。
まー、卑怯っちゃあ卑怯な技なんだが、どっちみち先制攻撃権の獲得は完全に運任せだし
(相手に先制されれば、当然、こっちの出鼻をくじかれることもある
/まー、NPCは純粋な足止め目的での攻撃はしてきませんが)。
そもそもが、このゲーム、ユーザーは攻撃指示 > 乱数で順番待ち > 攻撃開始なのに対して、
NPCは、順番待ち > 攻撃指示 > 攻撃開始になってて、
せっかく先制攻撃権を握って、敵の城を奪取したのに、後から(撤退した先の城は攻撃を受けていない=出撃可能な城なので、そこから撤退組に援軍を加えて)再攻撃、なんてこともザラですしねぇ。
※2
大将狙いにも一応、デメリットは設定されてます。
大将部隊が壊滅するか、士気値が0になったときは撤退
(退路があれば)、
一方、全部隊を壊滅させて、最後に大将部隊を討ったときには、その城で籠城。
で、落城後の武将は、フツーの勧誘に比べて遥かに簡単に味方にできるし(一部の律儀な連中は自刃)、
味方に付けた後の扱いも、1からの仕官なので、知行・役職とも低く設定できる。
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