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2013/02/24

読書録:ガーシェンフィールド「 Fab ―パーソナルコンピュータからパーソナルファブリケーションへ」

 いよいよ日本でも実験室や工場向けから一般家庭向けが流通しつつある3次元造形機を中心に、素人でも誰でもが自分に必要なものを作り出すことができる世界を書いた本で、原著は実験室レベルから出つつある2005年に書かれたもの。

 中盤では、個別技術について、樹脂を使った3次元造形機の他にも、かなり細かく、さまざまな技術を紹介しているんですが、あんまり目新しさがなくて退屈だなーと思ったのは、自分が機械工学科卒で、3次元CADを研究する研究室に在籍し、今も地方の中小製造業の人たちと付き合う生活をしている、という特殊要因によるところが大きく、多分、文系の人だったり、美大に通うような加工技術に明るくない人たち、たとえば、高校生とか大学生向けの教科書として考えると、大変、丁寧な書籍だと思いました。 ※まあ、逆に自分としては、サザランドの名前とか出てきて超懐かしい!って感じもありましたが。

 そういう意味では、個人的に興味を持ったのは、冒頭部分で、まず過去の歴史を振り返り、これから紹介する技術の歴史的な位置づけを探る部分で、誰でもが自由にものを作ることができる世界で、ものづくりはどう変わるのか? というテーマ。

 ただ、そこには、ある種のイデオロギー的なもの、科学者として自らが希望する、切り開こうとする未来の設計図、といった印象も垣間見え、著者に比べると自分は、正直、世界はそこまで劇的には変化しないんじゃないの? というさめた印象もぬぐえなかったのですが。
 典型的なアメリカのピューリタンなのかなぁ、と。教会や神父の力を借りずとも、ありとあらゆる人間が一人一人、神と向き合い、対話できる世界こそが善なのだ、という極めてラディカルな民主主義の意識を感じてしまうのですよね。

 でも、そこまで劇的に変わるかって言うと、あらゆる人間が参入できるよう、障壁を下げ、あるいは取り去る効果はあるのだろうけれど、だからと言って、万人が作り手として成り立つわけではなく、依然として、あるいは、これまで以上に多くのプロフェッショナルが必要とされる世界が来るのだろうな、と思った。
 たとえば、本書でもインクジェット・プリンタが一般家庭にどれだけ普及したか、という説明があるのだけど、まさに、インクジェット・プリンタの普及は、これから来る世界に大きなヒントを与えると思う。PCと廉価なデザインソフトとデジタル・カメラ、インクジェット・プリンタがこれだけ普及しても、レーザ・プリンタは消滅していないし、印刷所も消えていないし、書籍も残っていれば、出版社も写真屋も残っている。
 もちろん、印刷所や写真屋の数は減っているけれど、それは街の商店街がシャッター通りと化しているのと同じ程度の衰退であって、自分たちの職業の枠組み、世の中から何を必要とされ、何を提供すべきかを意識していない人たちが(あるいは、ただ写真を紙に刷ること、という意識しかなかった人たちが)、淘汰されているにすぎない。
 むしろ、いまや、そういうプロの手を離れたことにより、素人による粗雑なデザイン物が溢れ、個人的には、インクジェットプリンタが普及したことによって、真にデザインの知識を持ったプロの印刷屋、プロの写真屋、より美しく印刷物を仕上げる技術を持った人たち、今まで以上に必要とされているように思う(もちろん、その価値を価格に転嫁できるかってのは、大きな問題なのだけど)。

 インターネットの普及、民主主義の普及と合わせても、この流れは止まらない、と思う。
 ただ目に見えるカタチが必要なだけのモノは、これから個人が自分で調達する時代が来る。
 そのとき、プロは自分たちのモノを作り出す技術のどこに社会的な価値を見出し、どうやって生きていくのか。

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